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〝一生のお願い“を叶えた人間は、どれくらいいるのだろうか。

 

 僕は、ショートケーキの楽しみを最後まで取っておく派だ。

 苺が無くなった後のスポンジとクリームだけで楽しめるのか。それがなんとなく不安だからだ。やっぱりとっておけば良かったと、後悔をするかもしれない。

 

 そんな心配性から、いままで一生のお願いを使わずに過ごしてきた。

 それも、今日で最後かもしれないと思える。

 

____痛い。熱い。

 

 先程、『アレ』にやられた右腕の傷口が、焼ける様に痛む。まるで心臓がそこにあるかの様に脈をうち、それに合わせて血液が溢れ出てくる様な感覚に襲われる。

 

 逃げなければいけない。でも、もう逃げる場所がなかった。

 いくらこの街に住んでいるからといって、住宅から離れた小道まで正確に覚えている訳ではない。

 袋小路に逃げ込んでしまった僕は、背後を硬い建物に取られる。

 

「ハァ……ッ。 ハアッ」

 

 肩で大きく息をする。

 その微かな音を追ってか、目線の先からあの化け物が現れた。

 

 ベースは野犬か、狼か。それがかろうじてわかる形状。しかし、シルエットは陽炎のように歪んでいる。ボタボタと不気味な色の体液を地面に落とし、それを4本足で弾きながら近づいてくる。

 

 星喰い____【ラゴ】

 それは僕たちの命、あるいは魂。あるいは魔力とも呼べる、力の根源、【アスタ】を喰らうもの。

 

 「誰か……助けて」

 

 そよ風にすらかき消されそうな声で、僕は助けを乞うた。

 こんな声、誰にも届くわけがないだろう。

 僕の一生のお願いは叶わずに、そのまま生を終えるんだ。

 こんなことならば、もっと早くにくだらないことでも良いから使っておけばよかったと思う。

 

 

 化け物が近づく音が聞こえる。

 

 死にたくない。助けて。

 それが今の僕が思う一生のお願いだろうか。いや、それは違う。

 

 正直、死にたいとは思わない。でも、生きている意味が、今の僕にはあるのだろうか。

 

 

 それよりも、僕が今一番思っていること。

 おそらくこれが僕の願いだ。

 

 ____もう一度だけ、 “君” に会いたかった。

 叶うはずのないそれを願いながら、静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

「天の使いよ、囁き惑わせ」

 

 凛としたその声に、思わず目を開く。

 

 瞬間。無から有が生まれた。

​ 周囲の気温が、肌でわかるくらい急に低下する。

 

 そして、雪の様に白い髪の少女が目の前に現れた。

 周囲には、光を乱反射させる美しい氷晶が舞っている。

 

 ダイヤモンドダスト。

 最北部の一部で見られるというその幻想的な氷晶は、光を乱反射させて美しく輝く。

 

 無論、薄手のスーツで夜に出かけられるようなこの街は、最北部などではない。

 

 それは明らかに常人とは異なる能力。

 ラゴと戦う力を持った存在____【星座】

 

 少女はラゴに向かって顔だけ振り返り、また言葉を発する。

 

 「夜明けです。ここは、私に任せてください」

 

 少女の背後から、朝日が登る。

 ラゴは小さく唸りを上げると、踵を返し、その場から足早に去っていった。

 

​ 静寂が訪れる。

 

 「君は……」

 

 声をかけると、少女の顔はこちらに向き直る。そして朝日を背に、手を伸ばしてきた。

 

 「私は、貴方の呼んだ "誰か" です」

 

 優しく差し出された手。微笑みを浮かべたその姿。背後から登る朝日が、後光のように彼女を照らす。

 

 

 もしかしたら、僕はもう死んでしまっているのかもしれない。

これは天使のお迎えだと思わせられるくらい、彼女は美しく見えた。

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