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 帝国が栄えるよりも100年ほど昔。

 少年はひとり、戦場にいた。

 

 「敵陣の者を全て殺せ」

 

 その命令通り、少年の足元には、敵の屍が無数に散らばっていた。返り血を拭うこともなく、彼は自らの陣へと歩を進める。

 

 「おや」

 

 自陣についた少年は、抑揚のない声を出す。

 そこには君主とその部下たちが、無造作に倒れていた。どうやら別の部隊が、ここを襲撃したらしい。

 

 「イザナ、くっ。なにをしておる!早く我を‥‥助けろ」

 

 辛うじて、君主だけは生きていた。

 しかし、腹部には敵のものであろう刀が深く刺さりこんでいる。もう手遅れであることは、少年も理解しているのであろう。

 

 「助ける? 私は医者ではありませんので、その傷を治すことはできません」

 「貴様!ふざけているのかっ。いいからなんとかしろ。命令をしないと何もできん怪物が! 痛くてかなわん。貴様で考えて我を助けろ!」

 

 無理難題を押し付けられ、少年は顎に手を当てて唸る。命令には従わなければならない。

 少年が考えている間も、君主は咳き込みながら、鮮血とともに罵倒の言葉を吐き続けた。

 

 しかしその罵倒も、少年には微塵も効果がないようだ。少年はマイペースに空を見上げ、自身のこれからの行動を考えている。しばらくすると、何か思い付いたのか、君主の方に向き直った。

 

 「分かりました」

 「おお、いい案を思いついたか。早く、早くするが良い」

 「はい」

 

 次の瞬間。血飛沫が舞った。

 少し遅れて鈍い音と共に、男の頭部が地面へと落ちる。

 少年の手には、先ほどまで無かったはずの刀が握られ、鮮血が滴り落ちていた。

 

 

 「これで、もう痛くはありません」

 

 少年は無表情で首のない人物にそう言った。手慣れた仕草で刀の血をぬぐい、鞘に収める。

 その後、何かに気がついたのか、顎に手を当てて、困惑した様子で唸った。

 

 「おや。次の命を聞いていませんでした」

 

 

 

 

 

 

 

 少年は、気づいた時には一人だったと言う。

 背中に大きな黒い羽。尻尾のような3本目の脚が生えた姿。

 その姿に、親が恐れをなして捨てたのだろうか。そもそも親がいたのかもすら分からず、それを探そうともしなかったそうだ。

 

 戦乱の中、少年は持ち主を失った刀を携え、ただただ歩いていた。腹が減ったら動物を狩り、夜には眠り、寒さの厳しい冬になれば、洞窟に籠って生きてきた。

 人間の言葉は理解できているようだ。自分に敵意はないと言葉で説明することもできた。それでも、襲ってくる人間は斬り倒した。

 

 そんな生がどのくらい続いただろうか。ある日、少年はこの君主と出会った。

 

 自分は人間であるが、【星座】という特殊な人間だと教わった。そしてその日から、命を受けることになった。何も反抗せず、静かに従った。

 

 略奪をしろと言われれば奪い。人を殺せと言われれば殺した。おそらく自害しろと命令されても、躊躇なく従っただろう。ただその命が出されなかったのは、少年が圧倒的な強さを持っていたからだった。

 

 今回のような小隊であれば、単独で勝利してしまう。普通のものから見れば、まさに化け物であった。

 

 「ふむ。いなくなってしまったのなら、探しましょう」

 

 夕暮れの道は、錆のような臭いが風で運ばれている。その中を、カラスの鳴く声だけが、響く。

 命令をくれる者を探しに、少年は歩き出した。

​  -続-

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