盲目の天使と、言葉を発さない黒鎧の意思疎通は、常に一定の方法で取られる。
肯定の場合、黒鎧は天使の手を強めに1回握る。否定の場合は軽く2回握る。
ただそれだけであったが、2人には十分であった。
星座同士の争いが起こる中、幾度のもの死戦を乗り越えた。時には仲間の屍を持ち帰れず、血で湿った土へと埋めた。
言葉など必要ない。姿を見る必要もない。2人は手を取り合う。生きるためにはそれだけで良かった。
「ねえ鎧さん。本当に私にできるかしら。星座をまとめる組織を作るなんて大それたこと‥‥‥」
天使は黒鎧に問う。否定か肯定か。どちらが帰ってくるのか、不安を交えながら待った。
すると、黒鎧は突然天使の手を離した。そしてそのまま鎧を軋ませ、離れていってしまった。
「え、あれ、鎧さん!? ちょっとどこ行くの!?」
突然のことに天使は驚き、黒鎧を呼び止める。
それでも黒鎧はどんどん距離を開け、そのうちその金属音もその場から聞き取れなくなってしまった。
「どうすればいいの‥‥‥。ここ、あまり来たことないから分からないわ。あっちの方かしら」
天使は手探りで道を見つけ、黒鎧が去っていったであろう方向に進んだ。ゆっくりと、少しずつ。
天使には貴重な能力があった。しかしその代償として、彼女は生まれた時から目が見えなかった。誰かの助けがなければ、こうして歩くこともままならない。
「きゃっ!? ‥‥‥っ痛。もう。だからこんな歩きづらい服、嫌だって言ったのに」
小さな段差でも足を取られてしまう。天使は地面に打ち付けた体を擦りながら、起き上がる。ポロポロと目から雫が落ち、地面を濡らした。
「うっ。これくらいで泣かない……。うっ……。鎧さん……」
涙を拭うも、一向に止まらない。傷は少し打ち付けただけで、泣くほどのものではない。恐らく痛みではなく、黒鎧がいなければ何も出来ない自分の不甲斐なさから来た涙だろう。
天使は、そのまま立ち上がれずに座り込んでしまった。
ガシャガシャと、軋むような音が段々と天使に近づいてくる。ある程度まで近づくと、その音は急に速度を上げた。
天使の目の前まで来た黒鎧は、彼女の手をとった。
「うっ‥‥‥鎧さん。どこ行ってたの、バカああ」
我慢をやめて、幼い少女のように泣き出す天使。その小さな手に、黒鎧は何かをそっと渡した。
「なに、グスッ‥‥‥。お花? この匂いは‥‥‥薔薇?」
ギュッと強めに手が握られた。
「一本の薔薇‥‥‥。あ、もしかしてさっきの答え。花言葉の“貴方しかいない“って言いたかったの?」
また一度手が握られた。
「そう‥‥‥。出来るか出来ないかじゃない。私しかいないって言いたかったのね。それにしても、置いていかなくても良かったじゃない。1人で凄く怖かったのよ」
少し間をおき、軽く3回手が握られた。天使も初めてのことに、少し驚く。
「ご・め・ん?」
強く1回握られた。
「ふふ。なにそれ」
生きることで精一杯だった。だから今まで、黒鎧のことはただの従者としてしか扱っていなかった。
しかしどうだろう。彼は自分で言葉を選び、天使を励ました。彼女が怪我をしないように、薔薇の棘も丁寧に取り除いている。
それに気がついた天使は、従者である黒鎧のことが、とても愛おしく感じた。
「私こそ、怒ったりしてごめんなさい。励ましてくれてありがとう。どのくらい時間がかかるか分からないけれど、私、頑張ってみるわ。だから‥‥‥」
「貴方だけは、私を置いていかないでね」
今までで一番強く、手が握られた。